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大野正義さん

今はどんな活動をしていますか?
 最近フリーになりまして、今はですねえ、だいたい代理店の仕事と、印刷会社とか、あと個人的に受けたりする仕事をメインにしているんですけれども、それが飯を食べるためのお仕事なんです。

それ以外にも、アーティストとか身の回りの友達とか、普通の同業者から来る仕事をしたりとか、ま、ほとんど趣味みたいな感じですね。


お金は別にして、やっていることは仕事と趣味の境目がない…?
 そうですね、ほとんど境界線というのは作ってないです。


昔からデザイン方面が好きだったんですか?いつ頃から…?
んーっと、デザインというか、最初は僕は音楽が好きだったんですよ。ビートルズがすごい好きで、中学の時に入って、そこから横尾忠則さんに入って、その人がアルバムジャケットとかポスターとか作ってるんですよ。
で、そこでなんか目覚めたというか、高校のときかな。

ミュージシャンにもなりたかったんですよ、実は(笑)。で実際、美大の時代からバンドを組んでて、24くらいまで京都であの細々とやってたんですよ。


役割は?
ベースだったんですよ。一番最初のライブではね、ギターだったんですよ。もう独自のカッティングで(笑)。ほとんど独学で2か月くらい練習して。途中でね、ギタリストが入って、自動的にベースになってしまったっていう…。ようするに腕がない…(笑)。

で、そんなこんなで、何回か京都でライブ活動をしてて、音楽ももう、パンク兼民族音楽っていう感じで(笑)。


ビートルズが好きで、なぜ?
なんででしょうねえ。ビートルズが始めだったんですけど、ビートルズからストーンズ、ツェッペリン、あとパンク、クラシック、ジャズ、ほとんど全部聞いてて、で、たまたま出会った親友が、パンクが好きなやつで、で、そいつとなんか組もうということになって。
で、自然な形でパンク、最初、ブラスとか入って明るいパンクだったんですけど(笑)、どんどんどんどんアングラの方になっていって(笑)。

途中からギターが抜けて、最終的にはほんとに民族音楽(笑)、しかもドロドロした(笑)。
で、歌詞はねえ、ほとんど放送禁止用語バリバリの(笑)。今の僕から見れば、全然想像も付かないんですけど。


で、なぜ解散を?
足を洗ったというか、最終的に僕が抜けて解散したんですけど、やっぱりこっち(東京)に来るっていうことで…。


こっちに来たのは、何がきっかけだったんですか?
えっとねえ、京都で美大の彫刻科に入ってて、立体造形がすごい好きだったんですよ。粘土とか大理石とか、いろいろ加工して。

卒業して、初めて就職したのがマネキン屋さんで、そこでFRPっていう材質の人形を作ってたんですよ。
で、半年くらいそこにいたんです。そこにいる時は一生もう、この立体造形でいくんだろうなあと思ってたんですけど、なんかちょっと限界を感じてしまって。

で、もともとデザインが好きだったんで、レコードジャケットとか作りたいなーって漠然と考えて、それでまあ、試しにちょっと入ったろかなって思って、デザイン事務所に入ったんです。まあ結構それが楽しくて、そこでバンドと同時進行しながらやってましたね。

その次に入った会社が、東京が本社で、京都が支社だったんですよ。で、京都の支社に入って、半年位した時に、あの、社長からこっちに来いって急に言われて、で、こっちにきたんです。だから、僕の意志じゃあ全然ないんですよね。
最終的にその会社に7年くらいいたんですよ。

次に印刷会社に2年くらいいて、それからついこないだですよね、新しいデザイン事務所に入ったんですけど、入って3日目で辞表を出したんですよ(苦笑)、なんかね、やってる仕事の内容とか肌に合わなかったっていうか、うん。で、そこを辞めたのがきっかけですよね、フリーになったのは。


フリーになるっていう不安はありましたか?
その時は全然なかったですね。勢いみたいな(笑)。後々は絶対会社持ちたいと思ってましたね、うん。ま、一人でずっとやっていくのか、ま、仲間集めてやっていくのか、分かんないですけど。
とりあえず自分でどこまでやっていけるか、力量をしばらく確かめながら、がんばっていこうかなーって思いますね。


デザインにいくことに関して、周りの反応とかどうでしたか?反対とか?
ああ、なかったですね、姉が先陣を切って美大に行って。
うちの家族が芸術関係とか全然なかったんで、その点では姉のおかげかなー。まあ自然と高校時代から、俺も行こうかなーっていう気持ちにさせてくれたんで。

全然抵抗感とかなかったし、親とかも反対とかしなかったし、うん。


就職する時に、それ以外の選択肢とかは考えなかったですか?
うん、なかったですね。ま立体造形に行くか、デザイン系に行くか、そういう葛藤はありましたけどね。


立体造形っていうのは今どうしてますか?
あ、実はね、この前あるカメラマンとのコラボレーションやったんですよ。
伊豆の海岸の洞窟の中に、僕の作品のでかいのを作って、大体高さ3メートルくらいなんですけど、それを、友達のカメラマンが写真で撮って、雑誌に載せたりとか。


どんなジャンルのデザインが好きですか?
音楽を表現するような、デザインですかね。デザインをやりたいって思ったのも、音楽からですし。常にあの、平行に進んでるっていう感じはしますね。デザインと、音楽と。


今後は会社を作って…?
食べるためのデザインっていうのは、必ずしなければ食べられないんで。

だから、その、企業と一緒に作るデザインとはまた別に、アーティストと一緒に作るデザイン。デザインって言っても幅が広いですからね。中にはトンでもないものを頼んでくる人もいますけどね(笑)。

でもまあ、そういうのも楽しみながらやりますしね。まそういうのが続けられればいいかなって思うんですよね、これからも。


好きなことを仕事にする不安はなかったですか?
んー、デザインと言う幅がすごい広いから、企業とするデザインとは別に、アーティストとやる仕事はすごい広がりがある、そういうメリハリがあるから、だからデザインをやって特にストレスがたまって止めたくなるっていうのはないですね。

デザインが嫌になったら立体造形の方に行ったりとか、そういうバランスを自分の中でとってますね。


デザイン以外でこんなことをしてみたい、っていうのありますか?
なんだろーねー、ちょっと考えられない。



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